25.4.11

サバ缶

はじまりは4月22日午前のことだった。某事務局に向かうために、経堂の町を歩いていたときのこと。
泥にまみれたアルミの塊を台車で運んでいる人とすれ違う(記憶では一輪車で大量の地雷を運んでるようなかんじ)。とても不思議な光景を目にして強く印象に残る。

夜になって、ちょっとググってみて分かったこと。どうやら、経堂のカフェ『さばの湯』が、津波で工場が流された宮城県石巻の『木の屋石巻水産』のヘドロで汚れた缶詰を洗うボランティアをしていることが判明。

『さばの湯』から、洗う場所を提供している『まだん陶房』へ運ぶところを私は目撃していたのだった。

そして、昨晩『さばの湯』のオーナーの『明日(月曜日)の缶詰洗い @経堂まだん陶房は、午前10時から。途中参加自由です。』というツイッターを見つけて、早速いってみることに。



ヘドロを落とす.....。
ヘドロといっても、砂と重油が混ざり、缶にこびりついて、普通の洗剤とたわしではびくともしない。

こんな時こそ『がんこ本舗』の『海へ...』が役に立つのではと、キッチンにあった『森と...』のボトルを持参。

『海へ...』『森と...』は海洋タンカーの事故処理研究から生まれた生分解する洗剤。洗濯用(『海へ...』)とキッチン用(『森と...』)では、使っているアロマオイルが違うだけで成分は同じもの。

歩いて1分のところにある『まだん陶房』に着くと、発砲スチロールのケースに泥だらけのサバ缶がたくさん。ここに水を入れ、『森と...』を投入。しばらく置いてから、たわしで洗い始める。



本日は『木の屋石巻水産』の方と、今回のサバ缶洗いボランティアを仕切っていらっしゃるまっすんさん、そして劇団の方や、農大通りのお店の方など4~5人で、黙々と作業が進む。

私たちは午前中しかお手伝いできないので、
洗い立てのサバ水煮缶、サンマ水煮缶、イカこんを購入して引き上げる。



戻ってから、すぐにがんこ本舗のきむちんに電話。サバ缶洗いのことを説明したら、すぐに私の意図することを分かってくれて、『森と...』を提供してくれることに。

『海へ...』と『森と...』を使い始めて、10年以上になるけれど、ヘドロ落としに使ったのははじめてだったので、その効果にびっくり。
最初はドロってしていたものが、さらさらの砂になるのだから。
洗い終わった水を世田谷の下水に流すのもこれなら安心。

さあ、明日も『森と...』持参で、サバ缶洗いだ!



写真はサンマ水煮とイカこん。大変おいしく頂きました。

【参考サイト】
『スローコメディ』
『さばの湯』
『まだん陶房』
『木の屋石巻水産』
『がんこ本舗』

11.4.11

『高円寺・原発やめろデモ!!!!!!』に参加。

4月10日に開催された『高円寺・原発やめろデモ!!!!!!』に参加してきました。

まずは高円寺駅南口の公園に集合。 ここで、旧知の人たちとであう。
お互いにずーっと連絡取り合っていなかったのに、こんなところで会うなんて、なんだか不思議なかんじ。同じ方向を見ている人たちとはいつだってどこでだって再会できるんだなって嬉しくなった。

もちろん、最近も会っている友人たちとはfacebookやtwitterで呼びかけあったので、出会って、いざデモに出発!

出発したところで、スタイリストの高橋靖子さんを発見。

キヨシローのバッジがかっこいい!

ランキン・タクシーは歌で参加。サウンドシステムのトラックの後ろから(マイクがラインなものだから)、歩きにくそうに歌っている。
♪やっぱり原発、ダメ絶対!

♪放射能強い 放射能えらい
♪誰も差別しない 誰にも負けない
♪放射能強い 放射能えらい
♪誰も差別しない 誰にも負けない
(「誰にも見えない 臭いもない」)

みんなそれぞれ手作りのプラカードや花(菜の花が多かった)を持って、静かに歩く。ところどころでシュプレヒコールを叫んだり、ちょっとはずれて大きな旗を振ったりする人がいるけれど、おおむね静かなもの。ランキンのサウンドシステムの辺りはちょい爆音(笑)だけれど...。

コースを2時間くらいかけて歩いて、北口の広場で終了。

初めでのデモ参加だったので、デモは多くの人々の支えによってはじめて成立するのだなってことをつくづくかんじた。 車道を歩くので、交通を遮断する必要がでてくる。交差点ごとに警官が立って、 クルマを止めたり、デモを止めたりして、スムーズに流れるように仕切っている。 多くの人の理解がないと、できないものなのだと実感する。
いまちょっとググったら、主催者は地元の商店街に、デモのお知らせをしていなくて迷惑や混乱していた場所もあるみたい....。
そうだったのか.....。 高円寺の町でやったことにも意味はあるのだろうけれど、東電や都庁の回りでやったほうがよかったのかな。


『はじめてのデモ』という、とてもかわいらしいPDFがあります。デモに必要なものやことについて書かれているのですが、このなかに、ガンジーの言葉が引用されています。

『あなたのおこなう行動がほとんど無意味だとしても、
それでもあなたはそれをやらなければなりません。
それは世界を変えるためにではなく、
あなたが世界によって変えられないようにするためです』

勇気の出る言葉です。
昨日のデモ、どれくらいのアピールがあったのか。地元に迷惑をかけたのか。
とウダウダ考え込んでしまう部分もあるのですが、
昨日の行動は私が『世界によって変えられないようにするためです』って思うことに。

とにかく今日からは、石原都知事に代替エネルギーについてかんがえてもらうようにアピールをしなくては。

2.4.11

24年前に書かれた反核の本





左側の本は『最後の子どもたち』。日本語版の初版は1984年5月。
右側の本は『見えない雲』日本語版の初版は1987年12月。
作者はドイツ人のグールドン・パウゼヴァング。翻訳は高田ゆみ子。
出版社はいずれも小学館。

3月11日の地震で本棚が崩壊したとき、本棚の奥から出てきたのだ。

『最後の子どもたち』は核戦争後の西ドイツ(当時)の様子をもうすぐ13歳になる少年の目から見てかかれた小説。
初版の時に読んだのだが、悲しくてつらくて涙が止まらなかったことを覚えている。そして、家族や友人がいとおしくてたまらなくなった。

『見えない雲』はチェルノブイリの事故の直後に書かれた小説。西ドイツ(当時)のバイエルン州の原子力発電所で起こった架空の放射能漏れ事故と、その後の被曝者の体験が語られている。




『見えない雲』の扉には
『何も知らなかったとはもう言えない』との言葉が書かれている。

20年以上もまえにこの本をよんで、原発の恐ろしさを知っていた私は、
今回のことで「何も知らなかった」という資格はないのだ。
これを読んでしばらくは、反原発に意識が向いていた時期があった。
でも時が流れるうちに、ついついほったらかしにしていた。

もちろん、その間にも、原発を推進する人たちに対しては反発を感じていたし、
明らかに反原発のサイドではあった。
でもなにもしなかった。
その罪は大きいと思う。